「藤井絢子さんを囲んでお話を聞く会」が開催されました。
2017年7月7日、守山市「うの家」にて「藤井絢子さんを囲んでお話を聞く会」が開催されました。
会場となった、風が吹き抜ける蔵には、小さなお子さんをもつ若いママからご年配の方まで、幅広い年代の方が集まりました。
いつの時代も、母親の気持ちは同じ。胸に想うのは、子どもたちが笑って過ごせる安心な環境の中で育っていってほしいという願いではないでしょうか。
講演後の参加者の方々の、爽快な表情がとても印象的な講演会でした。
今から40年前に起こった「琵琶湖の石けん運動」の中核を担われた藤井さん。当時の運動の様子を、ご自身の子育ての体験なども交え、優しく、時には力強く語ってくださいました。
藤井さんは、1971年、結婚をきっかけに滋賀県守山市に引っ越してこられました。当時の琵琶湖周辺の環境はとても豊かで、それはそれは美しいものだったといいます。
学生時代に読まれた様々な本や水俣病との出会いがびわ湖への関心へとつながり、四人のお子さんを育てながら、20代の若さながら、生協の立ち上げや、子ども用絵本が充実した図書館づくりの活動をしてこられました。
滋賀県が世界に誇る豊かな水源、びわ湖。今から40年前、びわ湖に淡水赤潮が大発生し、湖面には褐色の帯が広がり、周辺には異臭が漂うなど異常な事態となりました。藤井さん31歳の時です。
当時多く使われていた合成洗剤などに含まれるリンが、赤潮の原因である水中の富栄養化を招いたといわれました。
しかし、当時のお母さんたちは、気付きました。「合成洗剤を生産する企業だけでなく、私たちも生活排水などでびわ湖を汚している。」
そこで、家庭から出る使用済みの天ぷら油を台所に流さず地域で回収し、さらにリンを含む合成洗剤に代わって、(回収した油を原料にリサイクルした)石けんを使うという暮らしの運動が滋賀県に大きく広がりました。これが、「琵琶湖の石けん運動」です。
当時の市民の結束力は固く、その力は行政をも動かし、合成洗剤は条例により規制され、当時の県内の石けんシェア率は、70%を超えていたといわれます。
それからたった40年が経った現在、もう一度私たちがびわ湖の未来について考えなくてはなりません。
現在石けんの利用率がどんどん下がり続け、国内の石けんの使用率はなんとたったの5%。残り95%は、合成洗剤なのです。
また、40年前に比べて化学物質などの使用も多種多様になっていることでしょう。
それを受け止めるびわ湖の姿は、今後どうなっていくのか・・・
「40年前にすべてを戻すのは無理だろうけれど、何か一つでも取り戻せるものがあります。
自分たちの力だけでなく、森・里・川・海の力を信じましょう。そして、今何が起こっているかを一番知っている地域の人の声に耳を傾け、一緒に汗を流しましょう。
私たちに必要なものは、ものの「向こう」を想像する力。例えば、どんな原料が使われているかだけでなく、どこの国で作られ、そこはどんな環境なのか。私たちの暮らす快適な世界が、支えられてこそ存在する世界だということを忘れないことです。
まず自分が動き始めると、周りもどんどん変わってきます。
気負わず、洒落た活動にしていきましょう。」
そう語る藤井さんの凛としたお姿から、石けん運動のことだけではなく、一人の女性として大きな学びをたくさんいただいたような気がします。
今、何ができるか、子どもたちにどんな未来を渡していきたいか、私たちみんなでアイデアを共有し、一緒に考えていきましょう。
まずは、子どもたちがびわ湖と触れ合うことが、何よりの学びになることでしょう。
この夏休みは、たくさんびわ湖に出かけませんか?
40周年記念集会”ぐるぐるびわ湖フェス”に、藤井絢子さんがパネリストとして参加されます。
13:00~ピアザ淡海・県民交流センター大会議室にて
ぜひ、藤井さんの素敵なお話を実際にお聴きください♪
<2017.7.10作成>